自分でも見たことのない形、線に出会いたいんです
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| MATSUI工房 松井直友 |

1949年、東京新宿生まれ。56歳。
千代田デザイナー学院卒業後、環境造形デザイナー・制作を経て30歳の時にMATSUI工房を所沢にて設立しました。
ディズニーランドを始め、テーマパーク等の造形物を数多く制作していましたが、38歳の時に 自由なものづくりを求め、女神湖にペンション・ダニエルハウスをオープン、その傍ら、造形作品を制作、館内外に展示しました。
93年、44歳の時に安曇野へ移住、創作活動に専念することになりました。それより、東京、東海、関西、長野など個展や設置も多数。安曇野の美術館などの看板や屋外の照明など、ごらんになった方も多いはずです。
松井さんの作品を言葉で説明するのは難しく、 「造形作品」としか表現できません。あえて用途で言うならば灯り、看板、フェンスなど多様です。
主に使うのはFRPと鉄。 FRP(Fiber Reinforced Plastics・繊維強化プラスチック)とは、ガラス繊維・カーボン繊維などの繊維類に、ポリエステル樹脂・エポキシ樹脂などの樹脂類を含侵させて硬化させた物です。身近なところでは、マネキン人形、車両、ヨットやモーターボートなど、幅広く使われています。
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FRP造形の原型作りの過程では鉄、粘土、木、石膏、石などいろいろな素材を使います。作る物も大きな物から小さな物まで、精密な物からラフな物まで、1点物から大量生産までとFRPの造形は定まらないところがあります。
「いろいろな素材も扱えるし、 遊園地の乗り物やレリーフなどベースは鉄なので溶接や強度的なことも実際わかっていました。 なにかしらの物はできる 何でもできちゃうという自信はあったんです。何か役にたてば、なにか見つかる、と思ったんです。」 まったくの手探りの制作が始まりました。灯りなども作ったことがなかったし、 FRPで一点限りの看板などを作る人もいないし、でもこれなら役に立てる。
FRPの加工は過程が大変です。 最初は型を作る方法でポスト、ランプシェードなどを作っていましたが、型を作らないでオリジナルの一個限りのものを作ってみようと したら、大変なことになってしまいました。
「本当に、どろどろなので、どうしようもなくて手でおさえたりしてね。(笑い)だんだん工夫してやってきましたよ。 とにかく、作るのが好き。机の上でデザインだけの仕事なんて向いていないんです。
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松井さんの作品のおもしろさは曲線にあります 植物やなにか具象的なものを模しているということではなく、好きなライン、目をつぶって浮かんでくるイメージなのだそうです。
「線を描いている、この線がどっちへいくかわからない、 微妙に動き出しそうな線がほしいんです。見えない物、見えないところに広がっていく線。 自分でも見たことのない形、線に出会いたいんです。できた物が自分に迫ってくるような瞬間があるんですよ。」
個人のために意識して作るということが以前はありませんでした。それまでは図面があって、納期や数量がきまっていたんです。デザインからはじまって自分の物を作りたいと、悶々とずっと思っていたけれど 好きな物を作って暮らす、なんて成り立たないと思っていました。
安曇野で創作活動に専念して10年がたち、個展会場などで「作家の方ですか」と声を掛けられるのですが「作家なのかな」ととまどってしまうそうです。 「『ものをつくるひと』ってとこだね。これからどうなるのか自分でも楽しみだな。」
松井さんはとても気さくな方と思っていましたが、奥さんに伺うと 繊細で以前はとても暗い面もあったとか。 小さな頃からお父様に絵を教わり、絵だけはうまかった、 将来は絵描きになる、そう信じてうたがわなかった・・・ けれどお父様が亡くなられたり、いろいろな青春の屈折を経て 画家にはなりませんでした。 そういえば、29歳の時 マグロ漁船に乗った、とお聞きして驚きました。 でも、これも松井さんらしいですよね。 今になってふりかえると、だんだん丸くなったんだなぁと 思うそうです。
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最近は建築家と組んで、一軒のお宅の門扉、表札、灯り、手すり、取手、机などトータルに手がけています。施主や建築家、いろいろな人とかかわりながら全体のバランスをとっていく。 人間関係の中で協力して作り上げるのが面白い。 自分勝手じゃいけないし、といって本音を言い合わないと良い物ができない。 今回のG宅には男の子が3人。素敵な家でのびのびと笑い、騒ぐ声が聞こえそうです。
「臼井吉見の『安曇野』を20代の頃読み、40歳頃もう一度読んだんですよ。広々とした田園風景、写生する碌山、パラソルをさして通りがかる黒光・・・」松井さんの語り口に、本当に目の前にまぶしい田園がひろがって見えるから不思議です。「それでね、デザイン会社に勤めていたころ碌山美術館をおとずれたこともあるんですよ。そのころは周りもジャリ道でね。今にして見れば、なにかの縁が あったのかな、なんてね。(笑い)」
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30代の頃、所沢での制作は好調でした。このまま続けていたら事業は拡大していくだろう、 でもそれが僕の目的なのか? お金もうけは向いていない、このままでは自分の好きな物が作れないという思いがつのり、 まず、東京を離れるしかないと決めました。
「なぜペンションをはじめたかというと、理想的だったからです。物を作るという意味ではシーズンオフに物が作れる、発表の場もある、お客さんに見ていただける、生活の基盤はある。 売るために作っているんじゃない、作れるし、見て貰えるんです。」
そんな暮らしも長くは続きませんでした。奥さんが体調を崩し、安曇野に移住することになったのです。イメージが先行して作る生活から、物を作って生活しなければならい毎日、それは辛かった。試行錯誤と紆余曲折の日々の始まりでした。
「安曇野に来て180度変わらざるを得なかったけれど、なんとかやってきました。今は見積もりを出して制作する物と、用途を飛び越えた立体作品とを分けて作っています。これからは新たな鉄、樹脂の見方を合体させたものを作り、素材の見方や造形に対する想いを託したいですね。」
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MATSUI工房 (鉄、樹脂・工房)
松井直友
〒399-8301 長野県安曇野市穂高有明5997-17
TEL/FAX 0263-83-6229 |
| 作品の展示・販売 無(訪問の際は必ず事前に問い合わせてください) |
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